マサッチクンの徒然草子

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川崎の無差別殺傷事件・・社会への怨嗟か?

マサッチクンです。

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今回は川崎で起きた無差別殺傷事件に

触れてみます。

 

実は、朝起きてしばらく

おもむろに頭にもたげたのは、実は

「トランプ大統領、横須賀のどこへ行く?」

これが関心事でしたが

 

ですが、たまたま目に入った

8時過ぎのワイドショー番組では

(正確には9時前後ですね)

 

川崎の無差別殺傷と言ってもよい

バス待ちの園児やら、周辺の大人を巻き込み

刃物で切りつけられた件が扱われていました。

 

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今朝7時半過ぎのできごと 

「ぶっ殺してやる」と叫びつつ刃物を路上で振りかざした50代の男が確保へ。その際、16人が負傷、女子幼児が亡くなったとされるもの。(午前の急ぎまとめ)

そして

かわいそうにも園児が数名亡くなられ

大人の方も人数までは覚えがないものの

同様の結果となった様子。

 

何とも、言葉に表しがたい、怒りと言うか

腹立たしいものを感じるできごとです。

 

しかも、犯人の男は

突然「ぶっ殺してやる」と叫びつつ

刃物を振り回し、人々を襲ったアト

最後は自殺とあるのです。

 

さらに 

犯人の男は50歳代の男性とあり

何が目的であったのか、わからない様子。

 

これでは亡くなった方はもちろん

ケガを負った方も納得できないでしょう。

 

いや、そもそも

刃物を振り回され、傷つけられることに

納得、承服できる人など

いるわけありませんが・・。

 

そこで、僕の近くの人の話を聞くと

(実は、みんな、その話で持ちっきり)

(黙っていても、自然に耳に入ります。)

 

口々に、どうせ自殺するなら

「勝手に一人で死ねや」

「他人を巻き込むな」

「キチガイは日頃から隔離しろ」

「道連れはやめて」

 

と、こんな声が多いのです。

 

そこで

僕も「どう思う?」なんて問われると

 

「そやね、そのとおり・・と思うよ」

と答えるわけですが

ただ、気になるのは、今回の事件

 

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僕は

朝のワイドショーで知ったわけですが

テレビの語り部のみなさんは

被害者の動機、発露に目が向き

同時に背景をクローズアップして

社会への怨嗟か、怨嗟ありか

という感じで話を膨らましたい様子?!

 

同時に、犯人と同類の人物に

怨嗟という口実をまき散らしているかにも

見えてくるのです。

 

とにかく

原因がわからないだけに

勝手に人を殺したいと思い立った人間には

社会への怨嗟がある!

と見立てることで

(その方向性を強調したいように、僕には映ったわけで、言葉を起こしています。社会に責任があると言いたいのか・・)

結果

それを多くの人が耳に入れることで

殺戮と言える行為を行った者を

もちろん、許容、容認することは

ないとは思いますが・・

 

個人が社会へ怨嗟を持つことを

何気に助長に近い形で

植え付けているのではないか

と思うのです。

 

そこで先ほど表しましたが

「勝手に一人で死ねや」

「他人を巻き込むな」

などの言葉も同様で

もしかしたら、犯人と同傾向を持つ人物を

犯人同種の姿へ追い込む形で

反映されていくかもしれない・・と。

 

もしかすると、テレビなどの報道メディアは

知ってか知らずか、社会を混とん化させる

動きを行っているのではないか

・・と。

 

おそらく

この「勝手に一人で死ねや」が

社会の流れになると

 

犯人と目される男の親戚係累へ

怒りとも何とも言えない感情が

注がれることになるでしょう。

 

実は、この先、気になる点は

そうした姿が現出した時

新たな、同種の事案を防ぐ抑止力になれば

よいのですが

 

逆に

今回の犯人のような行動を

起こすかもしれない人物には

「どうあがいても、俺の社会への憤怒」は

(犯人は自ら怨嗟とは言いませんよね。)

 

「晴れないんだ」

との思いこみに発展するかもしれません。

 

となると、妙な形での絶望感から

刃物を振り回し

同種事案が起こることも否定できないでしょう。

 

いや、さらに考えると

身内がいない、係累がいない場合は

もっと危険かも・・

 

「俺には怖いものなどない」

と開き直った行動に出るかも

しれませんよ。

 

つまり、誘発するかもしれない!

ということ。

 

ですからね。 

この事件、事案は

当然、僕も腹が立つところではありますが

あまり、騒ぎ立てることなく

新たな行動を起こすかもしれない者に

火を付けさせないことへも思考を持つべき

と思うのです。

 

いささか消極的な発想ですが

今や、街を歩けば

言語も思想も慣習も文化も宗教も違う

人たちを受け入れている時代なのです。

 

メディア、ネットを通じて

同種の発想、考えを持つ者を煽ることは

避けたいものです。

 

ということで、今回はここまでです。

ひとり言、お付き合いいただき

ありがとうございました。

 

失礼します。